赤子vs.子犬

「ボスベイビー」を観たことがあるだろうか。

歳を取らない子犬をはびこらせ、赤ちゃんの人気を奪おうとする敵の思惑を防ぐことを課せられた赤ちゃんというなんとも言えない設定。

僕も高校時代の終わりに、母親が犬を衝動買いしてきたことがあるが、病気の世話やなつかせ方など、飼育方法そっちのけで購入させるほどの衝動があるワンコ。

最近は子供ができない家だったり、そもそも子どもを作る気がない家庭で飼われるケースが多いが、その穴埋めがなぜ“ペット”なのか?

一着2,000円以上する洋服を着せ替え、買い替えのトイレを喜んで取り替え、高めのペットフードにこだわり、頻繁に起こる病気のために病院へ心配そうな顔で送迎する。今改めて実家の風景を思い出すと、あれはただの「終わらない育児」だと思う。

観葉植物を育てるのとペットを飼うことは似ている。養分を与えて病気しないよう見守ることだ。現代でこそ育児への関心が高まっての考えかもしれないが、「人として育てる」ということの中にはその年代への適応方法やそれまでの文化知識の引き継ぎ、自分達のルーツの3つくらいは話をして伝えたいと思っている。

男は稼いでナンボの時代もあったろうが、子どもに掛けたお金に親の愛情やこれまでの人生の情報が乗っかっているわけではない。いつの時代も考えて答えを探せる存在になれるよう、わが子を育てていきたいと思う。

というのを自分の親に訴えたいと思うのであった!